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2010.06.12

無事、卒業

4月下旬に修士論文を提出し、
5月ごろに学校から、卒業要件を満たしましたよ、という
なぜか封がされていない郵便が届き、
6月あたまに無事、卒業式を迎えることができました。
応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

トロント大学のガウンは黒く、学位によって襟が異なります。
私はMaster of Artsだったので、ピンク色の襟。
同じ学部でも、Master of Educationの人たちは、緑色の襟でした。
博士になると、Doctor of Philosophyになるので、
黒が基調だけれど、袖と前の部分が赤くなっているガウンになります。

IMG_1929_convert_20100613104035.jpg IMG_1935_convert_20100613104436.jpg

壇上にはずらりと先生方が並びます。
北米の大学の卒業式では、
先生方は自分が最終学位を終えた大学のガウンを来て出席するらしく、
皆さん、いろんなガウンを着ています。
中でも注目したいのは、中世の道化師のような格好をした先生方。
あれ、あの先生、確か博士はスタンフォードだったような・・・。
スタンフォードでは博士になるとピエロになるのか・・・。
ハリポタのダンブルドアみたいな格好の先生もいました。
学位が高くなればなるほど、アホっぽい格好になるなんて、
アカデミアもかわいらしいところがあるものです。

卒業式の感想を一言でいえば、孤独・・・でした。
こんなにたくさん卒業生がいるのに、知り合いはたったの4人。
修士課程の友人の多くは、論文を書かないコースだったので半年前に卒業しているし、
同じ時期に授業を履修していた論文コースの友人たちは、まだ論文執筆中。
博士課程の友人は、それぞれコンプス準備中だったり、データ収集だったり、
いろんなステージにいます。

たとえ、スタートが同じ時期だったとしても、
ゴールする場所と時期は、人それぞれ異なるんだなあ、
なんてことをしみじみと感じた卒業式でした。

卒業式の時に話すことなんて決まっています。
「で、次は何するの?」
隣の人たちと話したり、まわりの会話から想像するに、
卒業後の就職が決まっている人は少ないようでした。
職が決まってないから卒業しても複雑な気分、と言う人や、
博士号を取得したけれど、
大学でのポストに空きがなく応募できない、と言う人など様々。

かくいう私も、卒業後に進路が決まっていないのは人生初めて!
高校を卒業する時は、大学が決まっていたし、
大学を卒業する時は、就職先が決まっていたし、
会社を辞める時は、大学院に行くことが決まっていました。
何かに所属しないのは人生初めてで不安もありますが、
カナダ生活を通じて学んだことや感じたことを
日本で活かせるような仕事に就きたいなー、と思いつつ、
日本で就職活動をがんばろーと思います。

帰国まであと1カ月!
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2010.05.13

旅に出ると

旅に出ると、気持ちも体もどどーんと大きくなります。

今回の行き先はラスベガスとデンバー。
ラスベガスなんてこれっぽっちも興味のなかった私ですが、
グランドキャニオンに行ってみたくて、
ラスベガスからのツアーに参加することにしました。

と・こ・ろ・が!!!
ラスベガスのホテルに着いた時に私の携帯に留守電が・・・。

「残念ながら、天候不良によりツアーを中止します。」

グランドキャニオン周辺は暴風と雪だったらしく、
グランドキャニオンって雪が降るのか・・・と妙に感心してしまいました。

 というわけで、ラスベガスで食べたもの(抜粋):
手羽先の唐揚げ、ポテト、ビールをたらふく、
ハンバーガー、サンドイッチ、
朝マックでマフィンだと思って頼んだら、
シロップ漬けにされたパンケーキにベーコンとチーズと卵がはさんであるやつ。

ラスベガスの「酒!女!賭博!」を最大限まで追求する姿勢に吐き気がして、
もう二度とラスベガスには来ない!!と誓ったところでデンバーへGO.

デンバーは住みやすそうな街でした。
標高が高いので、Mile High Cityなんて呼ばれたりします。
ロッキー山脈国立公園や、コロラドスプリングスなど、
今まで見たことのない景色が広がっていました。
緑色の木と、赤土・赤い石と、白い雪がいっぺんに見えるなんて不思議な感じでした。
(その不思議な風景を見た時、残念ながら私のカメラはあろうことか電池切れ)

IMG_0613_convert_20100514120819.jpg

 さて、デンバーで食べたもの(抜粋):
手羽先の唐揚げ、ポテト、ビールをたらふく、ワインを少々、
メキシカン料理、
バイソンのミートローフ。
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暴飲暴食を少しでも和らげようとサラダ専門店に行ってみました。
銀色のボールから直接サラダを食べるなんて初めて。

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 さて、問題です。どうして私はこんなにビールを飲んでいるのでしょう?
答えは、私はビール大好き!というのもありますが、
ラスベガスにしても、デンバーにしてもお酒がとっても安いから。
あと、デンバーはビールの産地として有名。

我らがオンタリオ州では、お酒をある一定の値段以上下げてはいけないらしく、
お酒はわりと高めです。パブなんかでビールを飲むと7ドルくらいするかも。
ところが、ラスベガスもデンバーもHappy Hourがあって、その時間帯に行けば、
ずいぶんとやすーくお酒が飲めるのです。トロントの半額以下ね。
Happy Hourのないトロントからやってきた私たちは、一週間、毎日のように飲んでいたのでした。

当然、太ります。
旅行にしてはがんばって野菜や果物を食べていた方だとは思うけれど、
でも、やっぱりお肉中心のメニューになってしまいます。

トロントに帰ってきたらもうお肉は食べない!!と固く心に誓ったのに、
昨日、なぜかハンバーガーを食べてしまって、とっても後悔。

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私は旅太りを解消することができるのでしょうか?
2010.04.28

カナダで披露宴!

さて、今回の結婚式は、教会と披露宴会場が車で10分ほどの距離。
招待状に地図が同封されていたので、その地図を頼りに車で行くことにしました。

ところが!このあたりだと思しき場所についても、それらしき建物は一向に見つかりません。
何度か行ったり来たりを繰り返した後、
友人の「あれじゃない?」という建物に入ってみると大正解。
地図に載っている披露宴会場の住所が・・・間違ってる・・・。
番地が100番くらい違うんですけど・・・。見つからないはずです。

というわけで、5時半開始の披露宴でしたが、
私たちは15分遅れで到着。
ビュッフェスタイルだったので、遅れたことで迷惑はかからなかったはず。
入った途端、出席者の多さと会場の広さに圧倒されました。
なんていったって、出席者総数300人以上。

IMG_0367_convert_20100429125936.jpg   IMG_0347_convert_20100429125518.jpg

新婦はお父さんがインド系カナダ人で、お母さんが日系カナダ人。
新郎はアイリッシュ系カナダ人。
そんな二人を強く結ぶ絆は、キリスト教。
友人のスピーチ(結構たくさんあった)の中でも、
「つらい時は神に祈ろう」的なスピーチが多く、その頻出具合は、
私だけではなく、他のカナダ人にとっても衝撃的だったようです。

お色直しは、とてもきらびやかで華やかで美しいインドのサリー。
(新婦のおじさんが結婚式3日前にインドから持参したらしい。)
今回のパーティは、新婦の親戚でサリーを着ていた人が多かったため、とても華やかでした。

日本太鼓の演奏あり、インドの踊りあり、
数え切れないくらいたくさんのスピーチがあり、
スライドショー、ケーキカット、などなど、
盛りだくさんの内容でした。

スピーチの中で最も印象的だったのは、
お互いの家族が"welcome to our family"と新婦と新郎、双方に言っていたこと。
どうも日本の結婚式って、「新婦が嫁ぐ」という意味合いが強い気がして、
新婦は自分が育った家を卒業して、新郎の家に新しく入るという意識を
私は披露宴の演出で感じてしまうのです。(例えば、新婦の両親に向けての手紙とか)
でも、今回は、
新婦の妹さんが「(新郎の名前)、welcome to our family」と言い、
新郎のお父さんも「(新婦の名前)、welcome to our family」と言っていたのが
素敵だな、と思いました。(ちなみに二人とも別々のスピーチ)
こうやって家族ってつながっていくんだなあ、としみじみ。

IMG_0371_convert_20100429125808.jpg   IMG_0372_convert_20100429125642.jpg
(ウェディングケーキと、新婦新郎用のヒナ段)

さて、欧米の披露宴ではダンスがあるということは私も事前にリサーチ済み。
私、踊れないよ・・・と思っていましたが、踊りたくなかったら踊らなくてもいいし、
ダンスが上手な人と一緒に組めばリードしてもらえるよ、
なんていうアドバイスをもらっていたのでした。

さて、お待ちかね(?)のダンスの時間 (この時、すでに夜10時半過ぎ)。
「Japanese dancingです!皆さん、ぜひ真ん中に集まってください!」という司会の声。
え?Japanese dancing? 日本舞踊?

すると、新婦のおじさんとおぼしき人物が
ダンスフロアに出てきた人に向かって、
「円を描くように並んでくださーい。最初は掘る動作です。」と指示しています。
ま、まさか、これは・・・!

「♪つっきがぁ~、でったで~た~。つっきがぁ、出たぁ~、あ、ヨイヨイ」

炭坑節!

盆踊り?!これなら私も踊れるよ。パートナーからのリードなんて不要。笑。
まさかカナダの結婚式で聞くとは思いもしなかった炭坑節に
ちょっとテンションがあがって、テーブルの近くで踊っていました。
(もうすぐ帰る予定だったので、ダンスフロアには行かなかった)

私がルンルン気分で、「月がぁ出たぁ~、あ、ヨイヨイ」と
口ずさみながら石炭を掘っているそばで、
なんと一緒に来ていた友人はさわやかなイケメンにナンパをされていました。

何、この違い?笑。

帰りの車の中で、そのイケメンの話になり、
結婚式でシングル(未婚かつ恋人がいない)の男性がいるなんて、
とても珍しいよね~、と友人たちは言っていました。
日本だと、結婚式の二次会は出会いの場、なんて言ったりしますが、
(私は会ったことないけど)
カナダだとパートナーと一緒に出席する人も多いので、
シングルの男性が結婚式でナンパをするなんて、とっても珍しかったそうです。

3時から式が始まり、
5時半から10時半過ぎまで披露宴が続き、
長い一日でしたが、とっても楽しい一日でした。

私、もし結婚式・披露宴をするようなことがあったら、
炭坑節と東京音頭をかけようかな。いや、河内音頭の方がいいかな。
2010.04.27

カナダで結婚!

ご察しの通り、もちろん、結婚するのは私じゃありません。
大学院の友人の結婚式に行ってきました。

日本では毎月のように結婚式や二次会に行っていた私ですが
(そして花嫁ブーケキャッチ率100%)、
カナダでも一度行ってみたいなぁ~と思っていました。
そしたらめぐってきたこのチャンス!
やっぱり強く願えば叶うのかも。

カナダで結婚式に出席するなんて初めて!!
服装は?ご祝儀は?どんな感じの式なの?披露宴は?
と、一緒に行く友人たちを質問攻めにし、当日を迎えたのでありました。

服装。
日本だと披露宴に出席する時には、「この洋服、結婚式しか着られないよね?」
みたいなドレスを着ていきますが、カナダはもう少しカジュアル。
きれいなワンピースくらいがちょうどよかったです。

ご祝儀。
「日本だとご祝儀3万円なんですけど・・・」とおそるおそる尋ねたところ、
「ええっ?!?!一人で?!?!?!」と逆に驚かれました。
ご祝儀よりも、贈り物をする習慣の方が浸透しているよう。
友人5人で招待されたので、みんなで300ドル程度の贈り物をしました。
(キッチン用品。名前を見ても誰もそれが何をする道具か分からなかったけれど・・・)
ご祝儀みたいなものをもらったとしても、二人は慈善団体に寄付するようで、
寄付先の団体名が結婚式のしおり(?)に載っていました。

式。
今回結婚する二人はとても敬虔なキリスト教徒。
なんていったって、二人が出会ったのも教会。
というわけで、讃美歌(ポップだった)を歌ったり、
牧師さんによるお話、聖書の朗読などがある式でした。
全部で45分くらいだったかな。
聖書の朗読は一般的なようで、一緒に行った友人で6月に結婚する子も、
どの節を選ぶかが悩みどころなんだよね~と言っていました。

二人は結婚する前に結婚前カウンセリングを教会で受けていたそうで、
牧師さんがその時に二人について感じたことを話していて、
それはとても素敵だと思いました。
二人のことをよく知っている牧師さんならではのお話でした。

また、「汝は病める時も健やかなる時も (中略) 誓いますか?」
のあとに「誓います」と言った後、日本ではすぐ指輪交換をしますが、
今回は、指輪交換の前に
「(相手の名前)、I love you, you are my best friend (中略)
ずっと大好きです。一緒に幸せになりましょうね」
みたいな誓いの言葉をそれぞれが読み上げていました。
この時に、花嫁さんがちょっとウルウルっと涙声になって、
涙もろい私はすぐに感情移入。

"I do" (誓います)しか言わないよりも、
例え決まり文句でも、これを言うことで、二人の式という感じがして良かったです。

さて、長くなってしまったので、披露宴についてはまた今度。
式場はこんな感じでした。

IMG_0334_convert_20100428063454.jpg

階段に順番にBridesmaids, Groomsmenが5人ずつ立って、
真ん中に牧師さんと花嫁、花婿が立つ感じでした。
2010.04.21

修論、無事提出。

先週の金曜日、無事に修士論文を提出しました。いえい。
私の気分に合わせるかのように(自分中心)、トロントにも春がやってきて、
スキップるんるんの世界です。
お世話になった皆さま、本当にありがとうございました。

私の修論は、日本における外国人のメディア表象の分析を通じて、
1.日本での市民権の考え方、血統主義がどのようにメディア表象に表れているか、
2. マスメディアを使って権利侵害を訴える時に陥りやすい危険は何か、
  それを防ぐためにはどうしたらよいのか、
などを考えてみました。

どちらかというとカルチュラルスターディーズ系の分野。
あなた、教育系大学院、しかもカリキュラム研究じゃなかったっけ?と言われそうですが、
教育要素は2番の質問をメディアを公共教育として捉え、
anti-oppressive education framework(反抑圧教育?非抑圧教育?)を使って考えてみました。

思い返せば1年半前、修士論文を書くかどうかとても迷ったのですが、
やっぱり書いて良かったと思います。

1.先生との関わり方が全然違う。

  クラスを取っているだけよりも、先生たちとの関わり方が10倍くらい濃いです。
  OISEはほぼ全ての授業がゼミ形式なので、基本的に講義はなく、
  事前に読んできたものをもとにディスカッションすることが求められますが、
  授業とは比べ物にならないほど、先生たちから厳しく建設的なフィードバックがもらえます。

2.書く力が身に着いた。

  今回、論文を書いて思ったのは、劇的に英語の書き方が変わったこと。
  授業の課題で書いていたペーパーが、今までいかに薄っぺらくて
  表面的だったかに気づかされました。
  先生たちからの「これはどうなの?あれはどうなの?」という質問を考えるうちに
  この考えを読者に効果的に伝えるにはどうしたらいいか、を考えるのが癖になりました。
  今まで私の英語はとても日本語的(受動態が多くて主語が不明とか)でしたが、
  今回の修論執筆を通じて、「アカデミアの英語らしく書く」ことを学んだと思います。   
  
3.リサーチって楽しい。

  研究とは、複雑で幾層にも絡み合った現実を、
  丁寧にほぐしていき、他人に分かるように言語化する作業だと思います。
  物事を単純化するのではなく、理論を用いて複雑さをほどいていくことが研究の醍醐味。
  だからこそ、どういう風に自分が世界と向き合っているのかを明確にするためにも、
  理論的フレームワークはとても大切です。
  今回、私が一番ワクワクしたのは、
  既存の理論的フレームワークでどういう現象が説明できて、
  どういうところに限界があるのか、を考えていた時。
  (こういうフレームワークがあるんじゃないかと提示するのは博士から・・・だと思いたい)
  もちろん、いろんな人(同じ人でも時代によっても違うし)がいろんな理論を主張するので、
  それらの人々を会話させるのが、学者の役割なのです。
  例えば、このトピックについて、フーコーとウェンディー・ブラウンが会話をしたなら、
  こういう会話をするんじゃないか、と想像するのが(もちろん証拠に基づいて)
  一番大変だったけれど、楽しい作業でもありました。私、もともと妄想好きだしね。

現実をひも解く理論という武器をたくさん身につけられたのは、私の一生の糧だと思います。
もちろん、ベル・フックスという人が言っているように、物事を理論化するのは学者だけの特権ではなく、現実を生きている一人ひとりの人間がすることです。
理論と実践と現実は常にセットで、くるくる回る輪のようなもの。
大学院を修了して、難しい理論からちょっと離れても、それだけは忘れないようにしたいです。
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